このブログでも紹介していた、京都造形芸術大学のアートオークション。
A-ction2008が、11月15日に開催されました。
このアートオークションは、
京都造形芸術大学の理念でもある、「芸術は社会を変える」、
そして、そのためには、芸術が社会とどう関わっていくかを絶えず意識しなければならないという想いから生まれました。
また、アートのマーケットの現状がどうなっているかを知らないまま、
「芸術は仕事やお金とは別のモノ」と、
偏見で決めつけるのではなく、
自ら「知る」ことによって、自分がどう選択するのかを学生たちに考えてもらう場としての機能も持っています。
本格的な取り組みとして、昨年から始まったのが、このアートオークションです。
オークション当日は、門川大作京都市長も駆けつけてくださいました。

学生の作品を一点一点ご覧いただきながら、学生と会話を交わす門川京都市長。
京都市内の芸術大学として、世界へ発信していくことへの期待の顕れかもしれません。

そして、プレビューも終わり、会場はいよいよオークション本番へ向けての準備。

オークション会場の準備も整い、入札希望者の皆さまを待つだけの状態に。

そして、会場には、たくさんの来場者の皆さまにお越しいただき、

いよいよオークションスタートです。
今回は、運営に当たって、17社の企業様にご協賛いただきました。
これも、芸術を支えようとしてくださる、企業様の想いだと思っています。
通学部の1年生から4年生まで、さらには卒業生にも門戸が開かれたこのアートオークション。
京都造形芸術大学のもう一つの柱でもある、通信教育部の在学生・卒業生の方からの出品もされました。
まさに、芸術の世界には、年齢は関係ないということですね。

その学生たちの作品に、来場者の方からの次々とパドルが上がり、

出品作品がすべて落札され、総額400万円以上の落札金額の中で、オークションは無事終了しました。

このアートオークションは、協賛金集めから、運営まですべてを学生の手によって行われました。
(もちろん、それを支える先生方やプロジェクトセンターの支えもあってですが)
京都造形芸術大学のこれらの取組は、すべて社会という水面に石(メッセージ)を投げているのです。

そういったこともあり、当日はメディアの皆さんにも取材をいただき、
この取組が、社会へ一つの問題提起の機会になればと思います。
そして、作品を購入いただいた来場者の方と学生の交流。

こういう機会の中で、学生たちは社会とつながることの大切さを感じてくれるのではないでしょうか?
ただ、編集長は、「いいね、すごいね」だけでは終わらないのです。
(もちろん、出品した学生や運営に当たった学生のことはすごいと思っています。それでもあえて)
今回、私は撮影に当たっていたので、入札には直接参加できませんでしたが、
職場のスタッフに頼んで、いくつかの作品に入札をしました。
それは、このオークションの企画や、学生自身を応援するにあたって、
自分自身も、良いと思うものにはお金を出すということの緊張感を持って参加しようと思ったからです。
ただ、そんな中で、会場で気になる発言を耳にしました。
それは、オークションを見ていた参観学生の発言です。
4万円の値段がついた学生に対して、
「わ~、かわいそう。4万円しか値段がつかなかったね。あの子」
って発言した学生たちがいたのです。
(それ以上の値段がついている学生作品が、その前にたくさんあったからです)
その発言を耳にしたとき、
「これは、アートオークションという取組がもたらした一つの失敗だ・・・・・・」と感じてしまいました。
作品に対して、
「大切なお金を出してまで、購入しよう」と思ってくださった入札者がいるということ自体、すごく貴重なことだと思うのです。
逆に、皆さんが友達の作品や、ギャラリーで観た作品を、
4万円という金額を出してまで買いますか?
たとえ気に入った作品でも、すごく勇気が要りますよね?
きっとすごく悩みますよね?
そして、ほとんどの人は、まず購入しないと思うのです。
(残念ながら、それが日本のアートマーケットの現状です)
世界のアートマーケットでは、バブルと揶揄されるぐらい信じられないお金でアートの作品が取引されていることも紛れもない事実です。
一方、芸術大学を出ても、生涯一点の作品も購入されない多くの人がいるのも、事実です。
それらを一方の価値観ではなく、いろいろな角度から見つめて、知った上で、自分がどうすれば良いのかを学生自身が考える機会として、このアートオークションは生まれたと思っています。
にも関わらず、上記の発言を耳にしたとき、
「これは、出品した作家やそれを観た学生が『勘違い』する恐れがあるな」と心配になったのです。
アートオークションになると、上記のように、金額の多寡で、価値観を決めてしまいがちですが、
たくさんの人に欲しいと思ってもらえれば、値段は上がるかもしれないし、
誰にもほしいと思われなければ、1円の値段もつかないのです。
だから、それに参加した学生たちや観ていた学生たちには、
「お金を出しても欲しい」と思ってくださる方がいること自体、すごく貴重なことなのだと、気が付いてほしいと思っています。
その上で、「自分の絵を買ってもらえた」という喜びを大切にして、自分の夢を信じるきっかけにしてほしいとも願います。
椿昇先生に、いろいろとお話を伺って以来、
私も、自分が「良いな、欲しいな」と思う作品については、お金を出して購入するようにしています。
そうすると、すごく真剣に悩みます。
お金を出して作品を買うというのは、ものすごく勇気がいることなのです。
でも、その経験をしていくことで、多くのことに気がつくことができました。
学生であっても、作家として真剣に見るし、「応援したい」と思えるかどうかも悩みます。
だから、こうやって、厳しい意見も言います。
(だって、買おうともしない人に、偉そうに言われたくないでしょ?きっと)
こういった問題にその都度直面していきながら、それを乗り越えて、
京都造形芸術大学は、社会に対して多くのことを発信していく大学でありたいと思うのです。
だって批判するだけなら、誰にでもできるのでしょ?
政治でもそう。痛みを伴わないから。
チャレンジするということは、痛みを伴います。
でも、だからこそ、得られるものが多いと思います。
京都造形芸術大学が、存在する理由は、そこにこそあるのだと思っています。
投稿者:入学広報課 吉田